日光のけっこう漬について

原料となる野菜を、大きな樽で半年から一年塩漬けにした後、天然湧水”日光のけっこう水”で塩抜きを行い、ワインと蜂蜜を加えた独自のたまり醤油にじっくりと漬け込んだものが”けっこう漬”となります。ひとつひとつの作業にこだわって作られる漬物です。

よく聞く”たまり漬け”との違いは、野菜を漬けるものの違いです。”たまり漬け” は味噌、” けっこう漬”は独自ブレンドの醤油となります。
この独自ブレンドのたまり醤油に、熟成した米こうじ味噌をブレンドした「たまり味噌漬」も取り扱っております。

「日光ブランド」に認定されている、手間暇かけて心を込めて作るけっこう漬、ご飯のお供に、お酒の肴に、ぜひご賞味ください。

けっこう漬の歴史

思い立ったが吉日の人

 一九五四年がとっぷりと暮れる頃、この路地裏で祖父はなにを憶っていたのだろう。昭和三十六年二月吉日。ありあわせの仙花紙に一筆をしたためたのは、持ち前の流儀がいたらしめるもので、武骨な杉の扁額に縁取られた文言は、今もその人を偲ぶよすがとなっている。曰く「この度さゝやかな店を商う事になりました。すこしでも皆さんのお役たてばこの上ない光榮です。皆さんや皆さんのお子さんがやがてこの地を雄飛して、はるかに故鄕に思いを致す時、何時もやさしかった母さんの面影のあとから心のかたすみに浮かんでくる小さな雜貨店、そのような店になる事が出來れば」云々。この文句を読むと少年の日の幻と共に、今もあざやかに祖父の思い出の断片が浮かんでくる。そしてまた「皆さんのお役に」これが祖父の全てであったように思う。折しも時は高度経済成長の首がすわって這いだそうとする時分。この地を旅立っていった当時の若者たちが、数年後、大都会の喧噪の中で母を憶う時、この町にひっそりと佇む小さな雜貨店を、懸命に働く若かりし我が祖父母を、思い出してくれただろうか。

 大正十五年、祖父福田義雄は百姓屋の次男としてうまれた。その頃の農家の苦しさについては、平成の御代を生きるわたくしには及びもつかぬものらしい。しかしながら、かつての世代が経験した苦労や悲しみ、あるいは喜びは、なにやら共有されたものとして確かに存在していて、さしあたり住む土地によって異ならないものである。共有されたはずのそれらが、現代においてはごく個人的なものに転嫁し、他を蔑ろにしがちなものになりはてて、世の中をせち辛いものにしている、とこれは余談。

 昭和十六年開戦。長男は出征。のちパプアニューギニアで戦死。祖父は十七歳で予科練、土浦海軍航空隊を経て鹿島海軍航空隊へ入隊し、特攻隊に志願するにいたる。山本五十六大将は戦死。昔日の日本海軍の威容は消え去り、特攻作戦以外に海軍としての作戦がたたない時期であったと先人は記している。じつに多くの戦友が沖縄の海に散華したと祖父はのち語った。祖父は生きて帰った。のちの世の人がいう「運が良かった」ゆえの生還が、祖父にとってどれほどの苦しみを与えたかは察するにあまりある。たとえそうだったにしろその運は、巡り巡ってわたくしの両親、叔父叔母、かく申すわたくしを含める大勢の運でもあった。戦後は国鉄の機関車乗りを経て、地元の老舗醤油会社で営業をし、雜貨店を足がかりに、近隣農家で栽培された野菜を漬物にして販売することを決断したと聞く。故事にいう「日光を見ずしてけっこうと云うなかれ」から、社名はずばり「けっこう漬本舗」。少々色気づいた頃のわたくしは、なんて名前をつけやがる、と思わないではなかったものの、いわばそれも若さゆえか、今ではこのユニーク、このユーモアをほほえましく感ずるに至っておりまする。

 雜貨店にはじまり漬物屋を興し、十六年後、ドライブインの発想から、手打ち蕎麦屋を併設する念願の「けっこう漬今市インター店」をオープン。「けっこう漬森友バイパス店」出店に際しては、「日光と言へば湯波」と湯波製造を開始。極め付けはミネラルウォーターで、「これからは水だ」と周囲の失笑反感をものともせず機械を導入し販売し始めたのだと聞く。二十五年の歳月が過ぎた今日、水を買うという日常に首を傾ぐ人もとんと見ぬから、この先見の明とやらにはイヤハヤ恐れ入りやした。もっとも「次は空気だ」には一同閉口したそうだが、祖父伝説の一端を語る上ではかかせないのでここに記す。

 思うに祖父はまさに実行あるのみ、思い立ったが吉日の人であった。これは我ながら言い得て妙で、言いかえれば祖父の思い立つ日々、毎日が吉日だったとも言える。

 我が家には珍しく戦争を語った祖父の講演テープが残されている。同世代の仲間たちの多くは、行く春を憂える桜のように、いにしえの空へと散ってすでに久しい。時を経て年長者になる祖父が語る心境はどんなだっただろう。それでも年配者が語る若者への情とは違って、やっぱりおんなじように戦後を生きた仲間としての視線であった。死への考えもあったそうで、悠々なる哉の藤村操よろしく、華厳の滝に赴いたというから、わたくしの出生にもかかわる一大事であった。

 「福田、俺たちの分まで生きてくれ」

 仲間たちがーーこれから死にゆく若者たちが残した言葉が、戦後の祖父を救った。それからということもなかろうが、祖父の出で立ちといえば、きまって戦闘帽と旭日旗のついたジャケットで、店にはいましも出航を待つ戦艦しかりと、旭日の旗がひるがえっていたのだから、日常が戦いの舞台でもあった。

 二〇一〇年十二月、祖父の戦友、同期の桜、練馬の柳川氏からお歳暮が届いた。祖父が死んで二十二年、毎年かかさず友の家族にまで気をかけてくださる。わたくしが幼少の頃、柳川さんにお目にかかった事が一度だけあった。あの方がおじちゃんの同期の桜だと聞いたわたくしは、僕もきっと大人になったら、ああいう同期の桜ができるんだな、と無邪気に思った事を記憶している。

「心のかたすみに浮かんでくる、けっこう漬という小さなお店」を切実に願い、且つ愛し、仲間のために生き、仲間の分も人の役に立ちたいと決意した福田義雄は、律儀に昭和を駆抜けて、昭和六十四年十二月三十日白血病のため死去。享年六十四。かねての希望により骨の一部は、沖縄の海で仲間との再会を果たした。葬儀の日には、去る人をさとすかのように散る桜ーー雪が降り始め、その人も心のかたすみに浮かぶ、大切な面影となっていった。

けっこう漬のこだわり

日光のけっこう漬

大きな樽を用意します。そしたら隙間なく野菜をぎっちりと美しく並べます。一段並べ終わったら、お相撲のように威勢良く塩をまき、また一段。半年から一年のあいだ、大きな石をいくつも幾つものっけて、涸らした塩漬の野菜がたまり漬の原料です。旬の野菜を使用したい意向を胸に抱いていると、最初から出鼻を挫かれますので注意が必要です。次に塩抜きの作業を行います。この時、個体差によって脱塩時間にも差がでてくるので、選別しながらおこなうことをお勧めします。わたくし共では、この脱塩に天然湧水「日光のけっこう水」を使用し、当て流しと言っておりますが、要するに流しっぱなしで、朝晩に良く撹拌して脱塩しています。夏と冬の外気、水温の差は、脱塩や漬けこみ時間に大変な影響を及ぼします。冬の冷たい水温は脱塩作業、漬けこみ作業ともにより長い時間を要します。なるほど寒仕込とは良くいったもので、じっくりと時間をかけたぶん、冬のほうがうまい気がします。こうして下漬、中漬、本漬と作業をおこなっていき、ようやく「けっこう漬」の完成です。心を込めて作ることでよりいっそう味わいに深みが増すことは皆さんご存知のはずですので、多くは申し上げません。

日光のけっこうそば

粉物は儲かるなんぞと申しますが、手をかけすぎると存外儲からない商売となるようです。日光、鹿沼産のそれはそれは上等な蕎麦の実を、収穫と同時に保冷庫に保存しております。そしたら必要なぶんを製粉機と石臼の二つで製粉して当社独自のそば粉オリジナルブレンドが出来上がり。これを毎朝、各店舗の若い衆が威勢良く打つおかげで、香りの良い、うまいそばを皆様に提供することができるわけです。実はそばつゆも毎日作っています。日高の一等昆布は見た目からして、ただ者ではない感じの代物です。姿かたち、色つやともにほれぼれといたします。人気の活〆アナゴも、若い衆が見事に捌いております。

日光のけっこうゆば

穏やかにたゆたう豆乳を海に例えるなら、なるほどゆばは波のごとしで、「湯波」と書くのもあながちデタラメな当て字というわけではなさそうです。大豆は秋田のリュウホウと栃木のタチナガハ。ひとつの巻ゆばに巻かれた波はぜんぶで7枚、丁寧にクルリと巻き上げます。日光のお正月には欠かせない、日光名物の揚巻ゆばを是非お試しください。もうひとつ申し上げたいのに、大豆のうまみを存分に活かした刺身ゆばがあります。ひとくちに刺身、と云っても色々で、マグロに限って挙げてみても、大トロ中トロ赤み中落ち、ってな具合です。前述の通り、豆乳は海に似たりで、マグロが棲もうがクジラが棲もうが、いっこう不思議はありませんか、さて、手前どもの刺身ゆば、トロトロっとくるところをみると、大トロトロの名がふさわしい。海の香りは決してしないが、うまい大豆を育んだ大地の恵みに涙がこぼれます。この柔らかさとかぐわしさは、少量だけ生産できる贅沢な一品です。是非ご賞味あれ。

日光のけっこう水

五十年の歳月を経て天命を知る日光連山の雪解け水。そんな大自然の恩恵に、ちょいどばかり商売ッ気を加えたら「日光のけっこう水」になりました。日光山麓に棲むと聞く三人の天使。そんな噺は生まれてこのかた、ついぞ聞かないが、見たこともないから、いるかもしれない、天使の贈り物をあなたのお手元にお届けします。また、銀座サロンド慎太郎オリジナルパッケージの「ありん水」もあわせて、召し上がってくんなまし。画家金子國義先生のデザインです。